大学生のまひる(真昼の深夜) が日常的に考えていることや悩んでいることを、映画や本、音楽などからヒントを得ながら”現在地”として残してゆく不定期連載『よどむ現在地 』。第6回は、いろんなポップカルチャーに触れるようになってから考えるようになった人種について、ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』(かなり未熟な視点を含みながら)自分なりに言葉にしています。本稿を書き終えてから勉強になるPodcastをたくさん聞いて、今ならこんな言葉遣いはしないだろうなと思うので、文章末尾に添えている参考資料も併せてご覧ください。
「日本は平和だから好きだけど、平和すぎていろんなことを忘れてしまう」といったようなことを Superorganism のオロノが言っていた。
BLMだなんだと考える前に自分が考えるべきことがあるのではないか。(もちろん、向き合うべき問題だし、外に目を向けるからこそうちのことがわかると言うことはしばしばある。)
このところ、見る作品にこれでもかというほど関連してくるのがジェンダーやBLMだ。
ジェンダーに関しては自分ごととして考えやすい。いや、むしろ、自分ごととして考え過ぎて、自分は生まれながらにして加害者で悪なのではないかとさえ思うこともある。一方で、BLMについては自分ごととして考えるのはなかなか難しい。日本に住んでいると他人種の方と関わることは少ないので、BLMの熱量と深刻さと課題の重さを肌身に感じることは少ない。
BLMは対岸の火か?と問うていた頃に、自分の人種について考え直すきっかけとなる作品を見た。
ドラマ「マスター・オブ・ゼロ」だ。
『マスター・オブ・ゼロ』について
インド系(2世)の主人公デフと、その友人として黒人でレズビアンの女性、台湾系アメリカ人の男性などが登場し、白人社会で生活するマイノリティならではのエピソードが繰り広げられるコメディ。ハイセンスなコメディドラマなので、設定やセリフだけ見ると耳を塞ぎたくなるテーマを驚くほどコミカルに描いている。印象的なシーンやフレーズはたくさんあるものの、ここで挙げるとするならばこれに限る。
「マッチングアプリで、アジア人男性は黒人女性の次に人気がない」(正確な言い回しは忘れてしまいました。)
文字で見ると、少々面食らってしまうほど生々しいセリフなのだが、あくまでコミカルなのがこのドラマのすごいところ。主人公は2世と言えど、インドにルーツを持っていることから、アジア系、黒人としての数多の不条理に直面する。上記のフレーズもその一つだ。
ここで、冒頭のオロノの言葉に戻る。
「日本は平和だから好きだけど、平和すぎていろんなことを忘れてしまう」
BLMのように人種に関して自分ごととして捉えられない自分はまさに、日本ではマジョリティにあたる人種に属しているから、人種問題に関しては”平和すぎ”たのかもしれない。
しかし、日本という国を一歩出ると自分は自分ではなく日本人。いや日本人というよりアジア系。なんならChineseやKoreanと言われる方が多いかもしれない。冷たい視線を向けられ、COVID-19をアジアンウイルスと呼ばれ、道を歩けば「チンク」と罵られる。そして、次の一節を思い出す。
I was just a little boy.
Smelled a like soy
Couldn’t find a place but that’d let me in
That’s the way the things have been
(Mosquito Bite/[Alexandros])
自分は一人の人間として見られるのではなく”アジア系”として見られる。そして、ことマッチングアプリにおいては積極的に連絡を取ってくる人は少ない人種でありジェンダーなのだ。
自分が日本人であることを強く意識したことも、アジア系であることを強く意識したこともなかった中で、冷笑と軽蔑に晒されるアジア系を描いたこのドラマは衝撃的だった。
そして、自分が平和であることは、同時に誰かを虐げている可能性を孕んでいるということまで教えてくれる。日本において、日本生まれで男性であることは依然として有利な立場なのかもしれない。有利な立場にいるものはそのことに無自覚である場合が多く、自分自身「どの点で有利か」を明確に指摘できないのがそのことを如実に表している。マイノリティや歴史的な弱者はもちろん苦しいが、マジョリティや歴史的な強者もまた自身のバックグラウンドに苦しむのだとわかってきた。自分は自分と割り切れたら楽なのだろうけど、そこまで自分は信用できないし、ラベリングの怖さでもある。
(〇〇人と呼ぶことも少しずつ減ってきているかもしれない。代わりに耳にするのは日本語ネイティブや英語ネイティブといった言葉だ。)
そして、ひとくちにアジア系といってもアジア圏は広い。距離的に近い東アジアの中国人や韓国人と間違えられても気になってしまうのに、ましてやインド人まで一括りにしてアジア系というには乱暴すぎる。(追記:かなり未熟なことを言っているのは自覚しています。)
そもそもアジア圏の中でもそれぞれをちゃんと認識できていないし、デフがおそらく日本人である男性を見て「アジア系が…」と冷笑するシーンにはそのような皮肉が込められている。
我々は常に加害者にも被害者にもなりうるし、現に今なっているかもしれない。
アジア系と一括りにすることの乱暴さは、白人・黒人などと一括りにすることの乱暴さを教えてくれる。ラベリング恐るべし。
人は必死に名前をつけること(ラベリング)で物事を理解しようとして、そして、そこから逃れる努力をしなければならないのだから、なんだかバカらしいけれど避けては通れない。
しかし、やはり、世界におけるアジア人、特に東アジア・日本の認識はまだまだ甘いのかもしれない。
日本人も韓国人も中国人も彼らからしたら同じだし、アメリカ映画が描写する日本は実際のそれと驚くほどギャップがある。(『アベンジャーズ:エンドゲーム』の日本描写はあまりにも酷い。)
日系の母、白人の父を持つ主人公リリーと白人のダッシュの恋模様を、ニューヨークを舞台に描くクリスマスドラマ『ダッシュ&リリー』もまたアジア系を描いた作品だ。リリーがダッシュに対して「言葉が通じないということがどういうことか味わってほしい」とダッシュを日系女性が餅を作る教室に通わせるシーンがある。このシーンにおける「餅」も、また別のシーンの「年越しそば」も「お年玉」も全ては日本を表す記号のようにしか見えない。極め付けはBGMとして流れる「上を向いて歩こう」だ。2020年が舞台のドラマで、日本を描写するにはあまりに時代のギャップがある選曲に思える。ここにも、まだまだ日本の認識の齟齬が感じられる。
また、同シーンで日本人女性は「無口で堅物」といて描かれており、リリーもダッシュに対して「Listen to mochi(餅の声を聞け)」と言う。この日本的精神が良くも悪くも浸透しつつあるのは、海外で爆発的な人気になった「KonMari」こと近藤麻理恵の「片づけ術」、こんまりメソッドの影響も大きいのかもしれない。
上記の作品群や中国系アメリカ人の同性愛者が主人公の『ハーフ・オブ・イット』のような作品も含めて、アジア系を描こうとすること=アジア系が受け入れられつつあること は世界的な流れになってきている。
『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』について
それは、アトランタで起きた悲惨すぎる事件から更に増しつつあるAsian Hateも相まって加速するだろう。また、アジア系=オタク という(良くも悪くもな)ステレオタイプの表現は『ダッシュ&リリー』,『ハーフ・オブ・イット』そして、この後に登場する『ミズ・マーベル』にも垣間見える。アジア系の戦いはまだまだ始まったばかりなのかもしれない。
『ミズ・マーベル』について
ここで自分のフィールドに戻すと、このような流れの中でMCUがどのような動きをしているかを見るのは重要だし意味があると考える。なぜなら、MCUは世界的なアイコンを作り出す大作だからだ。
2008年から始まったMCUは2018年に初めて黒人主人公の『ブラックパンサー』を公開し、2019年に初めて女性主人公の『キャプテン・マーベル』を公開した。
人種やジェンダー問題の中でしばしば取り上げられる黒人・女性について、10年もかかったが、ちゃんと描き始めたMCU。このうちの黒人描写に関しては2021年ドラマの『ファルコン&ウィンターソルジャー』で、さらに洗練させている。
MCUについて
そして、黒人・女性のアイコン登場から2,3年の遅れをとって、やっと2021年に初めて中国系アメリカ人主人公の『シャン・チー』と、パキスタン系アメリカ人主人公の『ミズ・マーベル』という作品が公開・配信される。
この公開順からもアジア系の戦いは始まったばかりだということがうかがえる。MCUが始まって、アジア人ヒーローが描かれるまでに10年以上かかってしまったということをしっかりと描いてくれたら嬉しい。
繰り返しになるが、これまで自分の人種というものを深く認識したことはなかったけれど、アジア系は、日本人は、世界ではどのように見られているのかを改めて認識しなければならない。
自分の人種を深く認識していないと言うことは、他の人種についても深く認識していないのと同義である。それは人種に限らず、ジェンダー,職業,出自,年齢,etc…にも言えることである。
「無知は凶器」を肝に銘じたい。
つまり、何が言いたかったかというと、5月に配信される『マスター・オブ・ゼロ』のニューシーズンが楽しみだということだ。
(→追記:無事楽しめました。)
(おわり)
※これは2021年3月9日に書いたものを加筆編集した文章です。
参考資料
真昼の深夜(まひる)
Podcast番組『あの日の交差点』およびWeb版『あの日の交差点』を運営。